間違えちゃった。『Electrick City Life』ゃなくて『Electric City Life』だったのに。まあ、どっちでもいいか...。つうか間違えちゃったものはしょうがないじゃん。どうしよう。言ってみるベか...。それともペックのせいにしちまおうか...。発音が悪いんじゃー、とかって。まぁどっちにしろ、小さい問題だけど。ダメなたダメでいいかぁー。
Electric City Life
エレクトリック・シティー・ライフ /Pek said "Electric City"
解体間近の防音BOXと一緒に、27.07.08,生家にて
2008年2月、大学以来の友人タクと、二人でメコン川の流れるラオスのルアンパバーンという街(街全体が世界遺産)に遊びに行った。
街は小さく1週間、酔っ払ってばかりいるのは退屈なので、山を登りカヤックで川を下る一泊二日のツアーに参加した。
そのときのツアーのガイドが我々に「ここはエレクトリックシティーだ、これからエレクトリックシティーじゃないところにいくぞ」と言った。
その言葉がとても印象に残った。
電気がある生活が当たり前だと思ってる自分の考えに気づかされた。
世界には電気が無い生活を当たり前にしている人が一杯いる。
それは頭ではわかっていたけど、それまでは全然リアルじゃなかった。
山を登って電気の通っていない村で夜を過ごした。
暗闇の静寂の中であらためて電気の力について考えた。
現在日本国内で使用されている電力の役20%が原子力発電でまかなわれているそうだ。その危険性を普段の生活で僕らは普通考えない。
チェルノブイリのような爆発事故は今のところ起こってはいない。
でも小さな規模での放射能漏れは時々、起こっている。
被爆国である日本は放射能の恐ろしさを知っているはずだけれど、電力をまかなうためにリスクを背負って電力を作っている。
こうしている間も冷蔵庫はミルクを冷やし続けている。
電気が無ければ録音もできないしエレキギターの音もならない。
テレビもパソコンも動かない。
電気漬けの毎日、電気の無い生活なんて考えられない。
エレクトリックシティーじゃ無きゃ、僕らは生きていけないのかもしれない。
もはや電気中毒。
それが今の僕達、平均的な日本人の姿だと思う。
そして原発の爆発する危険そっちのけで、それぞれのエレクトリック・シティー・ライフ を僕らは生きている。
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Electrick City Life Tadahiro Osumi |
アルバム『Electric City Life』について
引越しが急に決まった。
そしてそれがこの作品の締め切りになった。
引越しまで2週間、という状況でこのアルバムをまとめる作業に取り掛かった。
引越しをすればそのあとはまとまった時間をとることが難しくなるだろう、何としても引越し前に仕上げねば、と思った。
一日一曲のペースで録音、ミックスをこなし、それまでに作り貯めておいた曲をあわせてアルバムに仕上げた。
ジャケは一日で作った。
百枚位の写真を自ら撮影し、そしてその中のいくつかを加工した。
もっと時間をかけたかった、がその一方で締め切りをつけずにだらだらやっても仕方がないことはわかっていた。
一つの選択肢として、引越しをせずにそれまでの生活を続ける、といこともあったかもしれない。
しかし私はもうそれまでの生活を変えたかったし、変えなければならなかった。
女性と一緒に暮らしていた部屋に、一人で住み続けることは苦痛をともなったし、思い出す、というよりはどっぷりとその苦痛に浸りなれてしまっていた。
私には、それが心地良いとさへ思われた。
他の誰かを愛するわけでもない。
ただギターを弾き、PCを操作し、死んでいく自分がいることにさえ気がつかなかった。
納得なんてする必要はない。
それよりは少しでも前に進むことのほうが大事だ。
失敗を恐れて、挑戦ができないことほど愚かなことはない。
と、自分にいつしかそう自分に言い聞かせるようになっていた。
そんな中から生み出したのがこのアルバム。
是非一度、聞いてみてほしい。
11.Sep.2008
Tadahiro Osumi
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